心に残った話

 昭和の終わりごろか、平成のはじめごろに伯父から聞いた話です。
 あるとき伯父さんが『自分は昭和元年生まれなんだ』と言っていたので、どうも話があわない気がするのです。でも一緒だった同級生のことまで勘違いするとは思えませんから、きっと合っているのでしょう。
 
 伯父さんが旧制中学校で同級生だった人に、以前から聞いてみたいことがあったのです。戦前だから旧制中学ですね。今なら高校生ですか。
 その同級生という人は非常に優秀で、試験をすればいつも一番の成績。それなのに滅多と学校には顔を見せない、来れば退屈そうに授業を聞いていたそうです。

 その優秀な頭脳を持った同級生はとんとん拍子に勉学を極め、そのうちに名物教授として名をはせました。さて、その教授に何十年ぶりかに街でばったりと会ったときのことです。

 お互いに顔が分かって、懐かしい、せっかくだから一杯飲もうと言う話になったのです。こういうときに懐かしいというだけで『飲もうか』となる関係って、かなりうらやましいです。
 そして伯父は何十年も聞いてみたかったことを、とうとう聞いてみたのです。

 『君、学校で授業が退屈だったんだろ?』

 果たして、答えは!

 『退屈だった』
 
 たぶん優秀すぎて、学校の授業なんて聞かなくても分かったのでしょう。そういう人は孤独と引き換えに才能を手に入れていますから、学校に来ても身の置き所がなかったのかもしれません。
 伯父よりも2歳若いと言うのに同級生ですから、飛び級をしたのかも。戦前は飛び級制度があったようです。

 その元教授の訃報が、新聞紙面に載っていました。お顔は昭和の時代にキンチョールのCMで拝見したので、覚えていました。
 心よりご冥福をお祈りいたします。